STORY
【月の和〜祈りの物語〜】
令和元年初秋 私のかけがえのないものが突然空に還った。
夏は戸外の猛暑が和らぐ夜、一緒に月を眺めながら散歩していたヤツだった。
まだ悲しみが癒えないある日、また会いたいと願っていた尼僧さまのお話を聞きに行った。
冒頭「あなたの誕生日、生はいつからですか?」という問いから話が始まった。
母の胎内から生まれ落ちた誕生日なのか。
母の胎内で受精した日なのか。
その父母が生まれおちた日なのか。
…ずっと辿っていくと自分、命という存在は決してエイリアンが降ってきたようなものではなく、いつから始まったのかわからない遥か昔から紡いでいる命のバトンなのですよ、というお話を聞いて、この世での別れもまた命を紡ぐための区切りに過ぎないのだと。
そして出会いというワンシーンから与えてくれた日々、出会えた幸せを思い、何かに感謝して祈らずにはいられなかった。
令和元年晩秋 超宗派の僧侶たちによる声明公演を聴きに行った場で、月が空に上がる頃から始まった北インド古典音楽のラーガに出会った。
ワールドフェスティバルのような会場などで見聞きしていた民族音楽とは違う即興の祈りの調べ。 そしてシルクロードから伝来した古典の調べと日本の古典の調べの融和。
命は祈りの調べと共に、時の流れの中で旅をしている。 生きてるって素晴らしいと心から思った。 日本の祈りや調べはインドと言われてる地域からシルクロードを経て日本に伝来し、土着のそれらと融和して今の形になったのに、その発祥の地や旅の途中の地の事は知られていない。
私は知りたいと思ったし、それらを忘れてしまっている、いや、考えもしていないかも知れない人たちに知って欲しいと思った。
令和2年春 新型コロナウイルスが来た事で、それまでの日々が一変してしまった。
外に出て空を仰ぐ事もなく、大好きな人たちと会う事もできない日々。
その不安や寂しさを和らげてくれたのがネット配信、映像作品だった。
祈りさえもリモート配信された。 疫病という歓迎したくない伝来物がもたらした、これまでは眉をひそめられていた、祈りと配信の融和。
日本は逞しい国、まだ立ち直れると思った。
令和2年秋 日本、中国、インドの現在の政治的なバランスが危ういものになりつつあるからこそ、文化芸術分野の交流を深めなければならないと強く思った。
また、日本の最古の祈りの調べは鼓だと知るご縁をいただけた。
令和2年文化庁継続支援事業応募映像作品は、声なき声に耳をすませながら、古来より人が紡ぎ命と共にあるはずの祈りを呼び覚ますための旅の序章である。
ストーリーテラー:あそび屋古月 今野なぎさ&大嶋絵里子